日経新聞朝刊の経済教室紙面に「やさしい経済学」というコーナーがあるのですが、先日、神戸大学准教授の江夏幾多郎さんという方の「新たな時代の人事制度」という記事に目が留まりました。
なぜ、目に留まったかというと、「マーケティングで考える効用」という見出しがあったからです。
現在、マーケティング学科の講師をしていることもあり、また会社人生の中で、人事に携わっていた期間も長かったこともあり、今の自分にピッタリの記事ではないかと、興味を持ってふと読んだのです。
・人事部門が新制度を導入した場合、たいてい現場は肯定的に受け取ってくれない。
・「また人事が何か変なことを言ってきたぞ」とか、
「また我々の仕事を増やすのか」との懐疑的な声が現場であがる。
・人事が精度の高い合理的な制度を導入したとしても、受け取る側の現場が否定的であると、人事担当が意図した効果は期待できない。
こうした話、人事担当の方には、あるあるではないでしょうか。
そこで江夏さんは、「人事管理をマーケティング活動として捉えることが大切である。」と説かれます。
・企業は、新しい商品・サービスを提供する場合、市場分析をして、顧客ニーズに合わせて、開発することになるが、顧客は、それを実質の機能としてだけでなく、最終的には受ける印象も含めて評価をする。
・一般的に商品・サービスには、“機能的価値”と“情緒的価値”の2つがある。
・人事制度でいう“機能的価値”とは、会社にとって市場競争力を付けるためのもの、従業員にとっての福利厚生面の充実、従業員のモチベーションアップのための公平な評価システムなど。
・人事制度でいう“情緒的価値”とは、慣れないカタカナ文字の堅苦しい名称、申請方法などの手順の煩雑さ、気の遠くなるような文字数のマニュアルなどを指し、これとは真逆の場合の肯定的なものも含む。
・人事担当側が「いいものを作ったんだから、ちゃんと運用しない現場が悪い。」というエゴが前面に出ると、せっかくの制度が受け入れられず、形骸化してしまう危険性がある。
私が会社員時代、本社のとある部署から配信された通達を見た店舗の社員と、所管部署の担当者との電話の会話を思い出します。
その店舗社員からの問い合わせに対して、一通り説明された本社の担当者が、最後に、「ちゃんと、通達呼んでよ~」とお声を大きくして注意していました。
そこには、「こっちも、せっかく時間をかけて案内文、事例、手順等を記載したんだから、その資料をしっかり読み込んで、それでもどうしても解決できない疑問があれば、電話して来いよ」という心の声が、隣にいた私には聞こえてきたのです。
恐らく、店舗の社員はこの内容を肯定的には受け取ってくれなかったでしょう。
では、どういう視点があれば、新しい制度を肯定的に捉えてもらうことができるのでしょうか?
江夏さんはマーケティングの観点から続いてこのように言われます。
・顧客が自覚しきれていないニーズを、それに合った商品・サービスと共に可視化することである。
・「そうそう、こういうことをして欲しかったんだよね」と現場に言わせるような人事制度を提供できる人事担当者は現場からも評価され、前向きに協力してくれるもの。
マーケティングに関して、“消費者インサイト”という言葉があります。
これは、消費者の“隠された真実”、“表面化していない本音“、”本人も気が付いてない、またはあえて考えないようにしている深層心理“と解釈されています。
インサイト(insight)とは、“洞察”、“物事を見抜く力”です。
これと混同してしまいがちな用語として、“潜在ニーズ“という言葉あります。
違いを理解しやすいように、ダイエットをしたいと考える人の心理を例に挙げてみます。
あくまでも、インサイトは私が勝手に想像する一例です。
顕在ニーズ:痩せたい
潜在ニーズ:お洒落な服を着たい 健康になりたい
インサイト:〇〇さんなど、その他大勢とは、違うということを職場仲間に見せつけ、優越感に浸りたい。
何か意地悪な印象を与えてしまう事例かもしれませんね。
この事例では、“優越感に浸りたい”というインサイトがあるとし、これだけを切り取ると欲求が存在しているように思えますが、そうではありません。
”潜在ニーズは自分では気づいていないものの、欲求は存在しています。
一方、”消費者インサイト”は、自分で気付いていない前に、欲求自体が存在していないのです。
もう少し、詳しく知りたい方は、こちらのブログを参考にして下さい。
いずれにしても、消費者は、私が欲しいものは何かを認識していないことがままあるということです。
今、当たり前のように皆が使用しているスマートフォンを、最初から心待ちにしていた消費者はいたでしょうか?
実は、スマホが市場に出始めて、触った時に、「そうそう、こういうことをして欲しかったんだよね」と言いながら、購入した消費者ばかりではなかったでしょうか。
“消費者は欲しいものが何であるかは、わかっていない。”
話を先ほどの新しい人事制度に戻します。
だからこそ、人事担当には、こうしたマーケティング視点が必要でないかと江夏さんは説かれます。
「人事担当は、現場の人々と日々交流し、彼らが何を望んでいるのか、どこに喜怒哀楽のツボがあるのかを、体験的に獲得する必要がある」と。
これは人事担当、会社員のみならず、フリーランスで仕事をする商品やサービスを提供する我々にも考えさせられる、大変示唆に富んだ内容だと思うのです。