ブログで、これからいろんなセミナーに参加して、知見を広げていくとお伝えしていましたが、先日、こんな有料セミナーに参加してまいりました。
「稼ぐ男のワーク&ライフスタイル&ツールこだわり全開セミナー」
これは、「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる の著者立花岳志さんが講師をされる、5時間ほどのセミナーでした。
なぜ、私がこれに参加しようと思ったかというと、立花さんの生きる・働くという考え方と、私の考え方が似ていたからでした。
《ブログのコンセプト》
誤解を恐れずに言えば、ワークとライフを均等にすることばかりに気を取られずに、働いて学んだことを日常の生活に、また日常の気づきを仕事に活かすなどして、生き方と働き方の融合を図り、様々な経験や体験を糧に実りのある人生を目指そうというのが、このブログのコンセプトです。
立花さんも生き方と働き方の融合を提唱しておられ、人生を謳歌されているということが、お会いしてわかり、本当に羨ましく思ったのです。
さて、そのセミナー全体の構成は次のⅠ~Ⅳです。
Ⅰ.肉体の自己投資
Ⅱ.ライフスタイルへの自己投資
Ⅲ.自分の心への自己投資
Ⅳ.ワーク・グループディスカッション
私の琴線に触れたのは次のようなものでした。
・昭和の時代は娯楽はテレビが中心で、家族みんなが一緒にリアルタイムで視聴していたが、今はいろんな選択肢が増え、超個別化の時代になっている
つまり、サービスを提供する側も選択肢が増え、やり方次第で発信側に有利になっている。
・ネットが普及により、個人が価格決定権を持つようになった
・40歳頃を過ぎると基礎代謝が落ちる → エネルギーを消費しない → 太りやすく疲れやすい体に
・筋肉トレーニングとともに、ランニングやスイミングの有酸素運動をセットでおこなうことで、燃焼しやすい体に変えていく
・機械は年々進歩していくが、それに比べて人間の進歩はゆるやか
・人と機械を仲介するのが、インターフェイス
・折角いろんな便利なツールが世の中に溢れているのに、それを調べて効率化を図ろうとしていない人が多い
・少しの手間を掛けることで、将来にわたる膨大な時間を効率化できることを理解するべき
・そうしなければ、結局、人間の限界が、機械の限界となってしまう。
・日本が先進国の中で労働生産性が低い原因は、ITリテラシーの重要性を軽視しているから
・ITリテラシーを個人の資質の問題ということで、全体で研修をするなどして底上げを図ろうとしない
・日本にある外資系企業はその重要性を理解し、ITが得意な人だけに仕事を任せるのではなく、全体のレベルアップを図り、3秒を1秒にすることをやり続け、長期的で全体的な業務効率化・生産性向上を目指すべき
・好きを強みにしていくには、線1本で考えるのではなく、もう1本引き、面にする
アイフォンが好き + 旅が好き = 旅で真価を発揮するアイフォンの使い方提案
・幸せとは「なる」ものでなく「ある」もの
・全体に占める顕在意識はわずか、ほとんどが潜在意識に眠っている
・本当にしたいこと・やりたいこと、魂の願い、人生のミッションとよばれるものは、潜在意識の中にある
・つまり、自分でわかっていることは、全体からするとわずか
・だから、「なんとなく」や「違和感」というインスピレーションを意識し、大切にする
・そして過去の経験で勝手に作り上げた「ねばならない」「すべきである」という固定観念(ビリーフ)の壁を取り払うことで、潜在意識にある「魂の願い」や「人生のミッション」が顕在意識に現れてくる。
今回、初めて立花さんにお会いして、思ったことは、随分写真より若く見えたということでした。
また、独立される前は、主に翻訳の営業のお仕事をしておられたのですが、今あるものを変換する仕事よりも、自ら何かを創る仕事をしたいことに気付かれたという話が印象的でした。
さらに、研修後の懇親会の席で、過去の体重105kgの頃の写真を数枚見せていただいたのですが、あまりにも今の姿と違い、「マジですか!!!」と思わず口走ってしまうぐらいの変貌でした。
以前TV番組で放映されていました「ビューティーコロシアム」を見ているかのようでした。(笑)
さて、その懇親会の会話で深く考えさせられることが1つありました。
それは、私との本当に短い会話でした。
私「その姿の頃に、何かこだわるモノってありましたか?」
立花さん「何にも」
たったこれだけだったんですが、今や、アイフォン・アップルウオッチ、食事、睡眠、運動、健康、旅行あらゆるところにこだわり満載の自信に満ち溢れた男なんです。
ブログを始めることで、変わり始めたといわれるのですが、そこには・・・
「自分らしい何かにこだわりをもてば、自分の軸が出来ていく、それは強くなること」なのかもしれない。
そんな風に帰りのバスに揺られながら、今日1日いい勉強になったと、振り返っていた自分がいました。